湯之花温泉について

※現実の湯の花温泉とは関係ありません。フィクションです。※

湯之花温泉とは?

亀電と切っても切れない関係にある温泉地、それが湯之花温泉です。 亀岡盆地の東端、朝日山麓の保津川支流沿いに位置しています。面積はあまり広くありませんが、湯畑を中心に温泉街が広がっています。直線距離ではJR亀岡駅と7kmしか離れていませんが、亀岡市街地側の入り口には急な山道を通らないと辿り着けないため、比較的緩やかな篠山街道を迂回して、亀岡市外と反対側から温泉街に入るのが普通です。亀電もそのようなルートに沿っています。
湯之花温泉内には4つの源泉がありますが、どこも泉質は同じ硫黄泉で、泉温は48℃〜89℃となっています。
その歴史は古く、平安時代の書物には既にその存在が記されています。湯之花温泉の中核を成す4つの外湯と湯畑は、亀岡を丹波地方統治の拠点とした戦国武将・明智光秀が作ったと言われています。当時は明智軍の兵士達の保養場所として利用されていたそうです。江戸時代に入ると、明知光秀が作った4つの外湯と湯畑を中心として温泉街が発展し、京都の奥座敷として、有馬温泉に並ぶ賑わいを見せていたと言います。江戸時代の温泉番付では関脇に格付けされていました。
湯之花温泉は山勝ちの地形であるため、資材の搬入が難しく、建築物の建設や解体には平地以上に時間と労力がかかってしまいます。そんな事情から、戦前に建てられた旅館等が建て替えが進まずに数多く残っており、その街並みは非常に情緒あるものとして観光客からは人気となっています。
そんな湯之花温泉の最大の特徴は、やはり後述の併用軌道でしょう。


「温泉街の路面電車」

亀電と湯之花温泉の関係は非常に密接なものとなっています。
駅名の通り、湯之花温泉の最寄り駅は亀電の湯之花温泉駅および温泉口駅です。湯之花温泉駅は温泉街のど真ん中、それも湯畑の目の前にあり、駅も温泉街の施設の一部と化しています。
湯之花温泉街は、比較的狭い道を観光客と亀電の電車が往来するために、大型車両の乗り入れが禁止されており、亀電は湯之花温泉街の中心部に直接アクセスする唯一の公共交通となっています。亀電は温泉口駅〜湯之花温泉駅間の温泉街を走る区間は併用軌道となっており、亀電も湯之花温泉もそれを『温泉街の路面電車』として売りにしています。
かつて亀電が赤字となったときには、湯之花温泉の観光協会の一部では「バスの妨げとなっている併用軌道を廃止してはどうか」との話がもちあがったこともありましたが、観光協会全体としては廃止に反対し逆に寄付金を出していました。
これはもともと湯之花温泉口〜湯之花温泉駅間は湯之花温泉側の要望で出来た路線であったことや、亀電によって明治維新後の不況が解消された過去、併用軌道が無くなるとバスや自動車が多数乗り入れ慌ただしくなり雰囲気が崩されるといった意見があったためです。
その後、温泉ブームやノスタルジーブームが到来すると、『温泉街の路面電車』は様々なメディアに取り上げられ、風情ある温泉街とどこか懐かしさを感じる路面電車という組み合わせは大人気となり、亀電・湯之花温泉に利益をもたらしました。
最近では、観光協会に亀電が参加していたり、亀電と湯之花温泉のタイアップ乗車券が発売されたりと、亀電と湯之花温泉の関係はさらに深いものとなっています。


湯之花温泉駅駅舎

温泉街のど真ん中にある湯之花温泉駅の駅舎も名所と言えます。
昭和初期建築の木造駅舎が現役で使われています。
湯之花温泉駅は有人駅であるため駅員が一部時間帯を除いて常駐しており、また広い待合室を有しているため、木造平屋の古めかしい雰囲気に反して、非常に活気のある駅となっています。
耐震工事等、何度も改修が行われているものの見た目はほとんど建造当時のままとなっています。


名所

湯流道・せせらぎ坂 湯の花温泉のメインストリートで、東西の道が湯流道、南北の道がせせらぎ坂となります。湯流坂の西側は亀電の併用軌道となています。
外湯 躑躅湯・朝日湯・イノシリ湯・菫湯の4つがあります。それぞれ泉源が違っていますが、泉質は変わりません。外湯巡りを一度お試しあれ。
保津川屋旅館 湯ノ花温泉で旅館として現役で使われている最古の建築。明治30年頃に建てられました。この他にも湯ノ花温泉には歴史を持つ建築が残っています。


Copyright (c) 2012〜 亀岡電気鉄道倶楽部 All Rights Reserved
inserted by FC2 system